スタバに行くと東京にいるデキる人になったように錯覚する件について
先日、東京の雰囲気を感じるためだけにわざわざスタバに行ってみた。
日本中にカフェは山ほどあるけれど、スタバほど雰囲気を売って儲けているカフェはないだろう。
スタバで何か飲んでいるだけで、なぜか自分が充実した人生を送っているかのような錯覚と高揚感をを生み出すのだ。その体験のために、皆何度も足を運び、特に今飲みたくもないのにフラペチーノを注文しちゃったりする。
一時期、フラペチーノに金を払うのが馬鹿馬鹿しくなり、家のミキサーで自作していたことがあった。しかし、それらしいものが出来上がっても、同じ気持ちは得られない。
そう、紛れもなく、我々はスタバにただ飲み物を飲みに行っているわけではなく、体験に金を払っているのだ。
都心の店舗では、ただの平日にも関わらず席が空いていないことが多々ある。ぎゅうぎゅうの席の間にやっと空きを見つけ、列に並んで、やっとのことで席に着き、密密の中、肩身の狭い思いでコーヒーをすする。(コロナ前)
休日はほぼ座れず諦めることが多かった。
今は田舎住まいということもあって、私が訪れた郊外の店舗は半分くらい席が空いていた。
本を持ち込み、着席。
店舗全体や、家具、メニュー、カップ類に渡るまで全てに行き届いた洗練されたデザイン、メニューの独自性、おしゃれな人や、IT先駆者、場所に縛られない自由な働き方をしている人が集まっていると言うイメージ、その全てが、ここでしか感じられない都会的な雰囲気を作り出している。
周りにいるのはその辺のおじいちゃんや、でっかいプリントのあるTシャツを着たふくよかなおばちゃんなど、少し層は違うが、一応スタバはスタバだ。
ちらほらパソコンで仕事をしている若者もいるようだ。
何となく東京と繋がった気分に浸りながら、コーヒーでカフェインをとりつつ、自己啓発本を読んでいると、自分も会社でも興そうかという気持ちになってくるから不思議だ。
自分が片田舎にいるという事実は変わらないのに、謎の高揚感に包まれながらその場を去った。